『主導権 その弐』



「鏡花さんと先輩の関係って理想的ですよね。羨ましいです。やっぱり、女性の側が主導権を握るのが上手くいく秘訣なのでしょうか?」

「そうね。それは間違いないわ。マナちゃんも壮一をコントロールするくらいじゃなきゃダメよ」

「あはは。頑張ります」

 あたしからのアドバイスを受けてマナちゃんが満面の笑みを浮かべる。
 おどけてガッツポーズなんて取りながら。

「それにしても、鏡花さんってホントに何時如何なる時でも主導権握りまくりですよね。やっぱり、あの……夜の方でもそうなんですか?」

「ま、まーね、もちろんよ。エッチの時もリードしてるのは当然あたしの方。決まってるじゃない」

 興味津々な顔をしたマナちゃんからの質問に、あたしは少々頬を引き攣らせて答えた。

「うわぁ。鏡花さんは凄いですねぇ。尊敬しちゃいますよぉ」

「あ、あはは。そ、そう?」

 内心で冷や汗ダラダラ流しまくりのあたし。
 言えない。真実は絶対に言えない。

「……はぁ」

 マナちゃんに気付かれないように、あたしはそっとため息を吐く。
 あたしのイメージが崩れるから死んでもバラせないけど、ホントはベッドの中での主導権は完全に亮の物なのよね。だって、あいつってば簡単にあたしを翻弄してくれちゃうんだもの。

 現に昨晩だって……。



○   ○   ○



「ああっ! ぁああああぁぁぁっ!」

 恋人である羽村亮によってもたらされた暗闇の中で、あたしは心の底から後悔していた。
 こんな事を受け入れるんじゃなかった、と。
 ――目隠しプレイ。
 亮が提案してきた時は『またバカな事を言い出した』程度にしか思っていなかった愛戯。
 彼から『すっごく感じやすくなるらしいぞ』と言われた時は『なにを根拠のないことを。くだらないエロ漫画の読みすぎよ』という感想を抱いたものだ。

 でも、

「あひぃ! んくっ! ふはぁぁぁ!」

 亮の言ったことは事実だったようだ。
 視覚。人間の五感の中でも最重要だと思われるそれを奪われた為か、他の感覚が非常に鋭敏になった気がする。当然、触覚も。

「んんぁ……くふぅ……」

 その証拠に、どこを触られても感じてしまう。
 腕、手の平、お腹、くるぶし、足の指。今まで性感帯とは認識していなかった場所が狂おしい程の悦楽を生み出す。

「あ、あぅ……ひあぁぁ……っっっ!」

 乳首や秘花といった鋭敏な箇所には未だ一切の愛撫が加えられていない。
 にも関わらず、あたしの身体は既に蕩けきっていた。
 全身が熱を持ち、今にも快感で破裂してしまいそうな錯覚に駆られる。

「ぅああ! っく! あひぃぃぃィィィ!」

 鎖骨の部分を舌で舐めまわされる度に、脇腹に指を這わせられる度に、あたしに強烈な甘美が襲い掛かってくる。
 布によって覆われた目蓋の裏側で無数の火花が飛び散った。

「も、もう……もうダメぇ……あ、あたし……あたしぃぃぃ!」

 容赦なく送り込まれてくる悦楽。
 顔を左右に激しく振り、湧き上がってくる波に必死に耐える。

「ぁ! んっ!」

 全身にビクビクと痙攣が走るのが自分でも分かった。
 今にも昇ってしまいそうな予感。まだ腕や足に触れられているだけなのに。
 ――そんな時だった。

「っっっ!」

 亮が、それまで放置していた乳首を咥え、既に充分に濡れそぼっている秘花に手を添えてきた。唐突に、不意を付くように。
 声を発することも出来ずに大きくビクンと震えるあたしの身体。
 そのあたしに追い討ちをかけるように、亮が固く勃起した淫核を摘みキュッと捻った。

「――――!」

 死ぬ。イキすぎて死んでしまう。絶頂感に溺れて狂い死んでしまう。あたしは誇張抜きでそう思った。
 しかし、注ぎ込まれた衝撃が大きすぎた故だろうか、あたしは却って達することが出来なかった。
 明らかにあたしの許容量を超えた強すぎる刺激を、脳が快楽として捉えられなかったようだ。

「……ぁ……ぁぁ……ぁ……」

 呼吸さえ満足に行えず、指一本ですらロクに動かせない状態に陥るあたし。
 そんな、言うなれば半死半生になっているあたしに、亮は容赦なく追撃を施そうとしてきた。
 恥ずかしいくらいに濡れている秘部に亮が顔を寄せる気配が伝わってきて、あたしは力なくイヤイヤと顔を振る。
 だけど、その様な仕草は亮の嗜虐心を煽っただけだったみたいだ。あたしの『サトリ』の能力が亮の楽しげな心を伝えてきた。

「……や……やめ……」

 やめてと言いたかった。叫びたかった。
 しかし、あたしが訴えを口にすることは許されなかった。
 亮はあたしの淫核の皮を優しく剥くと、曝け出された過敏な珠を思いっきり吸い上げたのだ。

「っ! ぅあ……あ、ぁっ……ぅああああああぁぁぁあぁぁぁぁあああああァァァァ!」

 一度刺激を与えられていた事で、多少なりとも慣らされていたのだろう。今回は脳が刺激を素直にストレートに快楽と認識した。してしまった。
 そして、その結果、先程放出されなかった分も含めて一気に爆発した。無理矢理塞き止められていた物が怒涛の勢いで解放される。

「ふあああぁぁぁ……んんんんんんんんっっ!」

 あたしの全てが砕け散ったような破壊的なエクスタシー。

「あがぁぁああぁァァああああああぁぁああぁあアアあああぁぁぁっぁぁぁぁぁっっあああぁぁぁっっっ!」

 腰をはしたなくバウンドさせながら、あたしは長い長い絶頂感に苛まれた。果てしない高みへとまっさかさまに堕とされる。

「……ひあ!? な、なにする、のぉ!? や、やめ、やめ、やめやめやめえええぇぇぇぇぇ!」

 いつまでも退いていかない極悦に身悶えているあたしを、亮が更にかさにかかって責めたててきた。
 視力を奪われたことによる感覚の鋭敏化。加えて絶頂に達したことによって引き起こされる性感過敏。
 それらが凶悪なまでの相乗効果を起こした。亮の愛撫がいつもより何倍も感じられてしまう。

「だめぇ! ま、また……またぁ……ぁぁ……ら、らめえぇぇぇぇ!」

 あっさりと再び押し上げられた。
 亮とエッチをするとあたしはいつも簡単にイカされてしまう。
 だけど、ここまで呆気ないのは初めてかもしれない。

「いやああぁぁぁぁぁ! とま、とまらな……ぃぃいいいいぃぃぃぃぃいぃぃぃィィィ!」

 亮が指や舌を動かすたびに飛ばされてしまう。
 もう何も分からない。何も考えられない。仮に目隠しを取られても既に何も見えないだろう。

「……ぁ! くぅぅっっ! んあぁ! ひぃっっっっっっっっ!」

 絶頂して、降りてこないうちに再び愛されてもう一段上へと昇天させられて……。
 イキっぱなし。今のあたしを最も端的に表すとこの言葉に行き着くのは間違いない。

「っ! ぅ……ああ……ぃぁ! ああああぁぁぁぁぁあぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 もはや、七荻鏡花と絶頂はイコールで結ばれていた。
 達しているのが当たり前になってしまっていた。

「……ぁ……ぁ……ぅぁ……」

 しかし、そんな状況にいつまでも耐えられるわけがない。少なくともあたしには無理だ。
 あたしは、自分が闇に堕ちていくのを感じていた。

「あ、あれ? 鏡花?」

 繋がりもしないのに早々に意識を手放そうとしているあたしを見て、亮が驚きと心配が入り混じった複雑な声を上げた。

(ごめん。これ以上はダメ。もう無理。だから……おやすみ)

 亮の言葉に心の中で律儀に応える。
 その瞬間、不意にあたしの指に熱く滾った亮の物が当たった。

(あ、凄く固くなってる)

 無意識に固い雄器を掴む。

(けど……ごめんね。自分一人で処理しといて)

 あたしにはそれが限界だった。
 処理なんてはしたない事を考えつつ謝りながら、あたしはスーッと気を喪失させた。



○   ○   ○



 まったくもう。あいつってば調子に乗ってやり過ぎなのよ。
 考えてみれば、あたしが途中で失神してしまうのも無理ないのよね。
 あたしってそれでなくても敏感っぽいのに、目隠しとか絶頂直後の継続攻めなんてされたらダウンしちゃうに決まってるじゃない。

「ですねぇ。しっかし、先輩ってば目隠しプレイですかぁ。意外と鬼畜なんですねぇ」

「そうなのよ! 亮ってば鬼畜で……」

 あら?

「あ、あの……マナちゃん? なんでマナちゃんが目隠しプレイの事なんて知ってるの?」

 まさか、マナちゃんもサトリ?

「なんでって……。鏡花さんが自分で言ったんじゃないですか」

「え? もしかして、あたし、口に出してた?」

「はい。思いっ切り」

 あたしの問いに、マナちゃんがコクンと頷いて答えた。

「……マジ?」

「ええ、大マジです」

 きっぱりとしたマナちゃんの返答を聞いて、あたしの顔がピキッと引き攣った。

「それにしましても、鏡花さんってエッチの時は弱々なんですねぇ。主導権握られっぱなしじゃないですか」

 からかうような口調のマナちゃん。

「さっきと言ってることが違うじゃないですかぁ。ダメですよ、捏造しちゃ」

 鬼の首を取ったような顔をして、マシンガンみたいな勢いでマナちゃんが口撃してくる。
 もしかしたら『エッチに関してはわたしの方が上ですね』なんていう優越感に浸っているのだろうか。
 勝ち誇った思いがあたしの心にビンビン伝わってくる。

「マナちゃん」

 そんな彼女に対して、あたしは思いっ切り冷たい気を放ってみた。
 それに気付いたマナちゃんがビクッと身体を震わせて口の動きをストップさせる。

「ねえ、マナちゃ〜ん。ちょーっといいかしら?」

「……は、はい。な、なんでしょう?」

 あたしが優しい笑顔を浮かべて言葉を掛けると、マナちゃんは青い顔をしてその場で直立不動した。
 顔に露骨に『しまった。言い過ぎた』と書いてある。
 でも、後悔しても後の祭り。

「記憶の失うのと命を失うの、どっちがいい?」

 マナちゃんの目を真っ直ぐに見つめてニッコリと微笑むあたし。

「大丈夫よ。どっちを選んでも痛いのは最初だけだから。すぐに何も感じられなくなるからね」

「ひ、ひいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 ――この後、あたしはマナちゃんに記憶を失わせる事に成功した。
 それによって、マナちゃんは一週間ほど学校を休むことになるのだが……まあ、些事である。
 ちなみに、あたしがマナちゃんに何をしたのかは秘密にしておく。
 世の中には知らないほうがいいということも多々あるのだから。
 知ったら、生まれてきたことを後悔するだろうから。きっと、ね。
 ま、取り敢えず、マナちゃんにまで主導権を奪われるなんて事態は回避出来たってことで。
 よきかなよきかな。

 ……ああ、ちょっと虚しい。



< おわり >




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